絵里 バスクラリネット担当
絵里(えり)
元々はクラリネット希望であったが、顧問の三田によってバスクラリネットに回されてしまった。セミロングで背が高く姿勢が良い事もあり、座ってバスクラを持つ姿がきれいである。華奢な体で肺活量が弱く音的には不利であるが、面倒見の良い性格とバランス感覚が優れ、クラリネットパートをはじめ、木管全体を低音域で支えていくようになる。
絵里は、みんなと楽しく騒いでいるときが一番楽しいと思っている。でも、それは外面をよくしているだけなのかも知れない。本当は悩み苦しむ姿を、両親にすら見せたくないのである。母親は、なんとなく娘の悩む姿を感じないわけではないが、全くそのそぶりを見せずに、練習に、また、塾に出かけてしまい、周りから評価されて、改めて自分の娘の心の中を感じたようであった。
絵里は、メロディー(主旋律)を演奏したかった。でも、体の大きさや、元気の良さを買われ、ひとり、バスクラリネットに回されることとなった。楽譜を見て愕然とした。まさに、伴奏しか演奏しないのである。それも、「パラパラ、リロリロ~♪」では無く、「ブォッ、ボボッ、ブォッ、ボボッ」と、太く短く、テンポを取るように。合わせれば、なるほど低音が支えとなって、音のバランスが広がり心地よいのであるが、ひとり練習していると、なんとも地味な「音」の羅列である。
でも、アンサンブルを演奏し、合奏となってきて、自分の存在が実は重要であることに気がつく。どうしても吹奏楽は音の大きな高音域が派手でかっこよいようである。でも、ここだけだと、軽くやかましい演奏となっていまうのである。木低と呼ばれる、木管低音パート(ファゴット、バスクラ、バリサク)が、柔らかくも鋭い低音で低音域を支えることで、低音域に音を広げ倍音を豊かにして、心地よい演奏となっている、名実ともに「縁の下の力持ち」である事。そう思えばこそ、いつもメロディーのクラリネットに目線を置き、それに合わせつつもリードしようと思うのであった。
しかし、2年の定期演奏会の時に、大きな変化をもたらすこととなる。1年生のバスクラの子が演奏技術がすこぶる向上してきて、顧問の三田が、オープンオーディションを行い、なんと、定期演奏会のソロを持って行かれたのである。何かの外部で行う大会や演奏会ならいざ知らず、内輪のお祭りである「定期演奏会」である。定演は2年生は全員がソロをやらせてもらえる、それは半ば常識である。上手い下手よりも、それが2年生特権というか、次年度は「お客様」になっていまう、最後の「定演」だからこそである。その2年の定演で1年生にソロを譲る。これは大きなショックであった。
吹奏楽部を辞めることも考えた。定演をボイコットすることも考えた。でも、できなかった。勇気が無かったのでは無く、仲間を裏切るような事と思えたからである。東海大会を狙うには、ここでソロの争いをしている場合では無い。どんなことが起きようとも先に進む。そうで無ければ東海大会の門は開かない。ここは自分の心を抑えてでも、先に進むしか無い。そう思い、一つ前へ進み出たのである。
※木管低音パート:アルトクラ・バスクラ・(コントラバスクラ)・ファゴット
※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。